二人の祖父

母方の祖父は、大地主の息子でひょうひょうとしたマイペースな人だった。
戦争以外は苦労話は聞いたことがなく、酒は飲まなかったけど煙草が好きで
自転車に乗るのとプロレスを観るのが大好きだった(これは私に継承されている)。
どちらかというと無口な人だったけど、私が小さい頃はひょいと自転車に乗せて
サイクリングに連れて行ってくれたり、映画に連れて行ってくれたり。
学生時代に、車を買う時や海外旅行に行く時には、ポンっと結構な金額を
カンパしてくれたりもした。
8年前の初夏に、大好きな自転車に乗って、一番風呂に入った後
好物のお赤飯を食べた晩に、眠ったままポックリと88歳で逝ってしまった。
それまで近しい血縁を亡くした経験が無かったのと、あまりにも突然に
いなくなってしまったために、結構な喪失感に襲われた。
父方の祖父は、商いをしていた家の借金から逃れるため、10代で夜逃げ同然で
福島から上京してきて、警察官になった、ガンコで几帳面な人だった。
苦労して蒲田に結構な不動産を手に入れ、私の父や叔父達を大学に行かせた。
武道の有段者で、俳句や文章を書くのが上手く、警察時代の武勇伝など話も
面白くて、面倒見も良く人気があった。酒が大好きで(これは私に継承されている)
この飲んだくれの私よりも数段強かった。
小さい頃から一緒に住んでいた私にとって、最も尊敬できる身近なヒーローだった。
晩年は脳出血から半身不随となり介護を受けての生活だった。
体も年々弱り痴呆も出てきて、強い祖父に慣れていたので見るのが辛かった。
心の準備をさせてくれたのか、その強かった存在をじょじょに消して行き
夕日がゆっくりと沈むように、一昨日、逝ってしまった。
長く一緒に住んだ蒲田六郷に花火が上がった日だった。
元気な頃は「100歳まで生きる」が口癖で、本当に100歳まで生きると
思っていたけど3年も早かった。
性格や接し方や愛情表現も違う二人の祖父だったが
その去り方もまったく違っていた。
でも二人共とても重要な価値あるもの身をもって見せて教えてくれた。